東海道も楽しめる!日本続100名城の豊橋市吉田城見学会
令和四年(2022)12月の見学会は日本続100名城にも認定されている、豊橋市吉田城を巡ります。
【日にち】 12月3(土)、4(日)※同じ内容です
【出発場所】豊橋駅東口
【出発時間】
●12月3(土)午後1時※午後開催
●12月4(日)午前9時:30分※午前開催
【解散場所】市電・豊橋公園前駅
【解散予定時間】
●12月3(土)午後4時くらい
●12月4(日)正午くらい
【持ち物】筆記用具
【参加費】2,000円
※非会員2,500円
【締切】 11月20(日)
※ 参加される方はマスク着用をお願いします。
※ 当日37℃以上の熱がある方は参加しないで下さい。
※ 小雨決行です。中止の場合はメールにて連絡します。
- 豊橋駅東口(集合)
- 吉田湊址
- 湊神明社
- トイレ休憩
- 豊橋公園
- 黒鉄櫓
- 市電・豊橋公園前駅(解散)
かつての吉田城は現在公園になっており、公園内で城址の痕跡を見ることができます。時間の許す限り、公園内を散策するというのが今回のポイントです。
こちらは吉田城の内堀。廃城になって100年以上経過しており、堀もかなり埋まっていると思いますが、現在でも十分に遺構を確認できます。
吉田城の水門跡です。吉田城は北に豊川が流れており、有事の際は堀になりますが、平時は運河として利用されました。これは名古屋城の堀川と同じ役割です。
その豊川から物資を引き上げ、吉田城内や城下町に荷揚げする入り口が水門です。現在では封鎖されていますが、水門跡を見ることができるのは、愛知県の城址では吉田城が唯一です。
吉田城には池田輝政が城主だった頃の石垣が残されています。池田輝政は吉田城主として関ケ原の戦いに参陣し、戦後に播磨に移封となり現在に残る姫路城を築きました。なので吉田城は池田輝政にとっては姫路城を築く前の城だったのです。
そんな池田輝政時代の石垣が数か所に残っており、これも見学ポイントのひとつです。
吉田城は江戸時代に東海道を城下町に通した作りになっていました。なぜ東海道を城下町に通したのか?その理由は以下の2つです。
- 物流のため
- 軍事上のため
物流というのは東海道を通して東西の物資を吉田城下に送るため、また発送するため。軍事上の目的とは、もし西国の大名が軍を引き連れて吉田城下を通るなら、吉田城を攻略しなければならないという要所だったからです。
現在でも街中にかつての宿場の遺構を見ることができます。これも街道ウォークの楽しみですね。
【日にち】 12月3(土)、4(日)※同じ内容です
【出発場所】豊橋駅東口
【出発時間】
●12月3(土)午後1時※午後開催
●12月4(日)午前9時:30分※午前開催
【解散場所】市電・豊橋公園前駅
【解散予定時間】
●12月3(土)午後4時くらい
●12月4(日)正午くらい
【持ち物】筆記用具
【参加費】2,000円
※非会員2,500円
【締切】 11月20(日)
※ 参加される方はマスク着用をお願いします。
※ 当日37℃以上の熱がある方は参加しないで下さい。
※ 小雨決行です。中止の場合はメールにて連絡します。
- 豊橋駅東口(集合)
- 吉田湊址
- 湊神明社
- トイレ休憩
- 豊橋公園
- 黒鉄櫓
- 市電・豊橋公園前駅(解散)